ボフィルの設計した円形の中庭を持つ集合住宅からはじまり・・・


長さ3キロにおよぶ都市軸線を構築する内容で、すでにほとんどが完成しています。


まず、都市軸線というアイテムそのものが、パリの背骨として凱旋門からルーブル美術館までを結ぶ「シャンゼリゼの都市軸」の援用です。


セルジー・ポントワーズの「大都市軸」は、親なる都市パリへのオマージュを完全なものにするために・・・


カラヴァンが刻んだ大地の造形の途中に、ルーブル美術館の敷石、ルーブルに近いカルーゼルの小凱旋門に高さも幅も揃えた列柱を配するなどの工夫を凝らしています。


また、「大都市軸」の起点となるボフィルの集合住宅のデザインは、パリ市内にそれこそ無慮数万と存在する19世紀末に集中的に建設されたエコール・デ・ボザール風の集合住宅の外観をそのまま踏襲しています。


これは、屈服なのでしょうか。



ポスト・モダンが実現しようとしたのは、ひとことでいうと「都市の豊かさ」です。


それはむろん、モダニズムが引き起こした「都市の不毛」に対するアンチテーゼとしてです。


そのときポスト・モダンが参照したのは、間違いなく19世紀都市でした。


パリ郊外の新都市として画期的な成功を収めたセルジー・ポントワーズを例にとりましょう。


ここでは1968年からそれまで果樹園しか存在しなかった農村地帯を、新たな職住近接の都市とする計画が立案されました。


建築家リカルド・ボフィルとアーティストのダニ・カラヴァンがこの新都市のシンボルとなる「大都市軸」を手がけました。


タイの実状は、こうした点からいえばまだ大きな問題を抱えています。


タイ経済の離陸のための第一の問題は、組織的活動の重要性の認識でしょう。


第4次経済社会開発5ヵ年計画以降、累次の計画は国民各層の社会参加を求めています。


タイだけでなく、多くの発展途上国での組織的な行動や組織と組織との連携プレーは十分ではありません。


素晴らしい個人プレーをする人は多くても、組織をつくり、組織を活かすことを不得手とするのが通常です。


特に、タイという言葉が自由を意味するほどの国であり、固有の組織原理に縛られることさえも、自由の束縛になると考える人々です。


多くの省庁の権限は錯綜し、重複しています。

地道な変化を積み重ね、伝統的文化を温存しながら前進することが社会の進歩ではないでしょうか。


その過程で発生しがちな格差の拡大はさらなる開発と発展のなかで解消することを信じなければならないでしょう。


タイ政府もこうした方向を模索しているのです。


「暖かさ」を望み、「心」を忘れるなかれ、といっても自給自足の時代にもどることはできません。


むしろ、タイ政府が開発のなかでどうすればタイという「アイデンティティ」を保たせることができるか、を模索していることを理解し、先進国の一つとして日本もそうした模索を助けようとしてきています。


開発を認める立場からいえば、どうして成長の成果を一般国民のものにするかが、問われなければならないでしょう。


回答はその国の国民が考えるべきです。


しかし、重要なのは経済社会活動への広範な参加と意思決定の民主化、合理化を図ることである、という発言は可能でしょう。

道路は有力者の家の前を通るだけ、電気も金持ちの家にだけ、などという意見もあります。


しかし、道路は50キロ、100キロと続いているはずであり、その長い道筋に有力者の家が続いているのであれば途上国ではありません。


テレビのアンテナが村や町に林立していますが、これは、次第に庶民の家に電気が通りはじめ、テレビを楽しむ人が多くなっていることの証拠です。


援助による道路建設がなければ農業の多様化はなかったし、電気がなければ工業化も進展しなかったはずです。


農業の多様化も、工業化の進展も、固有の文化を破壊する役割を果たしたかもしれません。


しかしそうした前進が、いずれも援助とか開発政策による成果であり、タイの庶民にささやかながら生活水準の向上をもたらしたのではなかったでしょうか。


いかに寒くとも、氷は一挙にはできません。


周辺からゆっくりと凍結します。


開発も同じです。


格差を発生させながら、全体が底上げされます。


つまり過渡的には格差の拡大が生ずることは認めねばなりませんが、だからといって開発そのものまで否定していいのでしょうか。


タイ政府の開発行政は本当に民衆の参加を拒む形で進められ、所得格差を拡大させただけなのでしょうか。


・・・そうではなく、結果が所得格差の拡大に結びついたどUても、それは過渡的なものであると見るべきではないでしょうか。


途上国の政府はそう信じて開発行政を行っています。


途上国であれば、行政や国民の側の参加意識などの面に問題があるでしょう。


かりにそうであるとしても、開発政策そのものの否定は、ともすれば政府そのものの否定に結びつきます。


いわゆる非政府機関を通す援助こそ国民のためになる援助であるという考え方があります。


しかしこの議論は、どのNGOを選択するかで意味が違うこと、NGOに政府機関以上の実行力があるとは考えられないことなどを見逃しています。


外国人がその国の政府を否定することはできません。


大手毛皮メーカーの進道とソ連で合弁計画を立てているほか、大手財閥の大宇グループとウラジオストックなど2カ所で合弁紡績工場建設交渉を進め、大手ゴム靴メーカーの和承との間でも工場建設計画を話し合っています。


ソ連のアジア・太平洋外交も活発化してきました。


特に目立つのは東南アジア諸国連合(ASEAN)への接近です。


88年7月にはカツシェフ対外経済関係相を団長とする訪問団をマレーシア、オーストラリア、シンガポールなどに派遣、経済協力などを話し合っています。


また、フィリピンのラウレル副大統領を非公式にモスクワに招いたり、マレーシアで開いたアジア・太平洋円卓会議にソ連の専門家を派遣しました。


さらに8月にはタイと二国間協議を開き、9月には貿易代表団をフィリピンに派遣し石炭協定をまとめました。


9月末から0月にかけてはオーストラリアの経済代表団をモスクワに招いて、ソ連極東開発へのオーストラリア企業の参加問題を協議しています。


・・・台湾、マカオからも経済代表団を受け入れていました。


赤字予算公表の裏に、グラスノスチの進展とペレストロイカの難しさが見え隠れしています。


「対外経済交流の活発化をめざし、我々は極東、シベリア地域の特徴を考慮した特別措置を検討している。


合同事業地帯を極東に設け、関税、課税の特別待遇を実施することも検討中だ」。


・・・ソ連のゴルバチョフ書記長は1988年9月16日、東シベリアのクラスノヤルスク市で同市各界の代表者を前に演説、極東地域をアジア・太平洋諸国との通商窓口に育成する考えを明らかにしました。


演説の柱は・・・


1.極東での経済特区の創設


2.各種優遇制度を持つ合弁特別ゾーンの創設


3.対外経済を担当する極東地域機関の新設など


・・・極東での経済協力を促進する具体策を打ち出しました。


注目しなければならないのはここ1、2年の短期間におけるソ連のアジア諸国への接近ぶりです。


中国との関係改善は貿易面でみても明らかでしょう。


88年上半期での両国間の貿易額をみると、約13億ドルと前年同期比32%増。


同年6月には合弁企業設立協定を締結し、7月にはハバロフスクに合弁中華料理店を開きました。


韓国への接近も目を見張るものがあります。

形としては保守派古参幹部の解任により、保守派に押され気味だった改革派が巻き返しに成功したかのような印象を受けます。


・・・しかし、リガチョフ氏、チェブリコワ氏の両政治局員兼書記、シチェルビツキー政治局員らの保守派のリーダーは健在のまま権力中枢に残りました。


ゴルバチョフ政権の基盤は確かに強まったことは事実ですが、一方ではペレストロイカに反対する勢力も予想以上に強いとみるのが、ソ連指導部の人事異動の正しい見方のようです。


ソ連国家予算は永年の赤字でした。


1988年10月末に開いたソ連最高会議は、89年度予算を歳出超過約350億ルーブルとする赤字予算を組んでいます。


ソ連の国家予算はこれまで歳入、歳出がほぼ一致する均衡予算として発表してきました。


公式に赤字予算を組んだのは第二次大戦後、初めてのこと。


しかし、ゴスチェフ蔵相は「ソ連の国家予算は長い間、赤字予算だった」と認め、これまで統計操作によってつじつまを合わせてきたことを明らかにしました。


約2万4千の企業が赤字操業で、その赤字額が110億ルーブルに達する状況では、当初から赤字予算を組まざるを得なかったようです。

国民のペレストロイカ離れを防ぐ狙いは明らかでしたが、この最高会議で国内経済の混乱がより一層はっきりしたとも言えるでしょう。


今のところ混乱を避けるためにも、価格体系の改革に手が出せないというのが実情でしょう。


さて、ゴルバチョフ書記長はペレストロイカ推進のため、党内での指導力強化には一応成功したかのようにみえました。


88年春以降、クレムリンでは改革派と保守派が指導権をめぐって激しく対立していました。


ゴルバチョフ書記長らの改革派と党内ナンバー2の保守派の大物、リガチョフ政治局員らとの確執です。


国際関係、ペレストロイカについて両派は激しく対立してきました。


ゴルバチョフ書記長が経済改革、グラスノスチについて「過去のやり方にこだわる必要はない」と理解を示せば、リガチョフ氏は


「歴史や指導者への批判には一定の節度がなければならないし、グラスノスチや改革でも社会主義の原則を逸脱してはならない」


・・・と警告、張り合ってきました。


88年9月30日に開いたソ連共産党中央委員会総会は、グロムイコ政治局員(最高会議幹部会議長)ら政治局、書記局の幹部5人の解任とゴルバチョフ書記長の最高会議幹部会議長(元首)兼務などを決めました。

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