前回紹介した短歌の作者は、そのマロニエの実の土をうつ音に、故郷の家の袈庭などで耳にした、あの栗の実の落ちる音を懐しく思いおこし、しみじみとした旅愁を感じたのかも知れません。
二首目の作者は、アフリカ東部のタンザニア・ケニア・ウガンダにまたがる世界第二の大淡水湖、ビクトリア湖の湖畔に来ています。
この赤道直下の湖のほとりにも、日本の秋を想わせる小さなトンボが沢山飛びまわっていて、歩いてゆく作者にまといつくように人なつっこく従いてきます。
故郷日本からすれば、まさに地の果てとも言えるアフリカの土を踏みながら、この作者も群れとぶトンボに、はるかな郷愁をそそられているようです。
この歌にしろ、先のマロニエの歌にしろ、そこに流れている拝情は、いかにも日本的ですよね。
もしかしたら、人は遠くの外国に行けばゆくほどに、むしろかえって日本人としての性格をあらわにし、「短歌的拝情」に身をよせたくなるものなのかも知れません。