宇宙時代にふさわしい巨視的な新しい旅の歌が、いま生まれはじめています。
しかし、そうした新しい時代に生きながら、人は時に日本人の心のふるさととも言える昔ながらの自然の姿や、古い都のおもかげに、かぎりない郷愁をおぼえることがあります。
・壮大な月刻々にのぼりいでさやけきひかりあすか路に満つ
・大いなる礎石の凹の春のみつ塔の九輪が縮み揺れつつ
・・・「旅行とは、異なった時代の人々と会話するようなものだ」とデカルトは言ったそうです。
「情報化時代」というより、「情報過多時代」と呼んだ方がよさそうな、マス・メディアの極度に発達した現代。
そのめまぐるしくかつ繁雑な日常の生活の場から脱け出して、この二つの歌の作者は、静かな古都のたたずまいの中に身を置いて、一種のカタルシスを味わっています。
一首目の歌にうたわれている月は、宇宙時代の科学的な目がとらえた月ではなく、万葉時代のそれを思わせるような、おおらかな明るい月です。
二首目の歌にうたわれている大きな礎石の凹にたまった水も、公害などに汚されることの全くなかった古代の水を思わせる清浄ないわば天の水です。