国民のペレストロイカ離れを防ぐ狙いは明らかでしたが、この最高会議で国内経済の混乱がより一層はっきりしたとも言えるでしょう。
今のところ混乱を避けるためにも、価格体系の改革に手が出せないというのが実情でしょう。
さて、ゴルバチョフ書記長はペレストロイカ推進のため、党内での指導力強化には一応成功したかのようにみえました。
88年春以降、クレムリンでは改革派と保守派が指導権をめぐって激しく対立していました。
ゴルバチョフ書記長らの改革派と党内ナンバー2の保守派の大物、リガチョフ政治局員らとの確執です。
国際関係、ペレストロイカについて両派は激しく対立してきました。
ゴルバチョフ書記長が経済改革、グラスノスチについて「過去のやり方にこだわる必要はない」と理解を示せば、リガチョフ氏は
「歴史や指導者への批判には一定の節度がなければならないし、グラスノスチや改革でも社会主義の原則を逸脱してはならない」
・・・と警告、張り合ってきました。
88年9月30日に開いたソ連共産党中央委員会総会は、グロムイコ政治局員(最高会議幹部会議長)ら政治局、書記局の幹部5人の解任とゴルバチョフ書記長の最高会議幹部会議長(元首)兼務などを決めました。