大手毛皮メーカーの進道とソ連で合弁計画を立てているほか、大手財閥の大宇グループとウラジオストックなど2カ所で合弁紡績工場建設交渉を進め、大手ゴム靴メーカーの和承との間でも工場建設計画を話し合っています。
ソ連のアジア・太平洋外交も活発化してきました。
特に目立つのは東南アジア諸国連合(ASEAN)への接近です。
88年7月にはカツシェフ対外経済関係相を団長とする訪問団をマレーシア、オーストラリア、シンガポールなどに派遣、経済協力などを話し合っています。
また、フィリピンのラウレル副大統領を非公式にモスクワに招いたり、マレーシアで開いたアジア・太平洋円卓会議にソ連の専門家を派遣しました。
さらに8月にはタイと二国間協議を開き、9月には貿易代表団をフィリピンに派遣し石炭協定をまとめました。
9月末から0月にかけてはオーストラリアの経済代表団をモスクワに招いて、ソ連極東開発へのオーストラリア企業の参加問題を協議しています。
・・・台湾、マカオからも経済代表団を受け入れていました。